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2006年11月01日

●金魚の葬儀

先日、4歳の娘が夏祭りですくってきた金魚が亡くなったので、教会の庭に埋めて娘とささやかに葬儀をした。
このときマンション住まいの子供達の場合はどうしているのだろうかと思い、子を持つ何人かの親御さんに聞いてみた。「公園に埋めた」「子供にはお母さんがお葬式したからねと言って処分した」などの答えだった。「だから金魚すくいはあまりさせたくない」という声もあった。
実際、我が家でも金魚がきた翌日から、水槽やエアポンプを買いに行ったりということになり、それでも弱い金魚は亡くなってしまい「葬儀」ということになった。でもこれは小さな命でも大切にするということを子供に教えるよい機会であったと思う。しかし、都会の住環境では難しい面があるのも実際である。
参拝者の子供達には大きなペットなどは難しいが、金魚くらいであれば「教会の庭で葬儀をするよ」と声をかけるようにしている。
世の中では凄惨な事件があとを絶たず、その度に「命の大切さをわかっていない」というコメントが聞かれるが、子供が成長する過程で飼っている虫や魚や小動物の死、あるいは家族や近しい人の死を経験する中で、命の大切さがわかっていくということがあるはずである。その時々にささやかであれ、「弔う」ことの意味を教えていくことは、教祖様が「かわいいと思う心が神心である」と言われる「神心」を育てるためにも大切なことだと思う。
(松本信吉)

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