●難儀を生かす
難儀を生かす
建設会社を営む曽我部さんは、四十八歳のある日、急に気分が悪くなり、病院で診察を受けました。検査結果は脳梗塞と診断され、その後、右半身まひと言語障害を引き起こしていました。
「何も出来なくなってしまった。このまま、死んでしまいたい」とさえ思うほどの絶望の中で、いつもお参りしている教会の先生が言われたことを思い出しました。
それは、「神は、人間を救い助けてやろうと思っておられ、このほかには何もないのであるから、人の身の上にけっして無駄事はなされない。信心しているがよい。みな末のおかげになる」という教祖の教えでした。
絶望的になっていた曽我部さんにとって、その言葉は、何か可能性を指し示す一筋の光のように感じられ、その言葉に励まされるように、退院後もリハビリに通いながら、ひたすら体の回復と家族のことを願いました。
そんなある日、リハビリの先生から、「ある患者さんの家を、車椅子が通れるように改造したいのだが」と相談をもちかけられました。アドバイスをしながら、今までの自分の仕事ぶりが思い出されました。「これまでにも、こうした改造は何度も手がけてきたが、どれだけ利用する人のことを考えていただろうか…」。今、自分が傷害をもってみると、手すりの位置やわずかな段差が、足の不自由な人には大きな問題だったのです。
このことは、昔の自分には到底知り得ないことでした。教会に参拝し、先生にそのことを話すと、「あなたにしかできない仕事が見つかりましたね。」と言われ、ハッとしました。「これまで、出来なくなったことばかりにとらわれていたが、自分にもまだ出来ることがある。障害者の気持ちを本当に分かってする建築は自分にしかできない」と、喜びと勇気がわいてきたのです。
それ以来、曽我部さんは障害者の立場に立った建築に、日々取り組んでいます。