●スイカのおじいさん
スイカのおじいさん
私は、スイカを食べると、あるおじいさんの顔を思い出します。
彼は、出雲地方の標高三百メートルあまり山の上で、田んぼや畑を耕す毎日を送っています。山での生活で、一番困るのは水です。
その年も、水不足に悩む、苦しい年でした。おじいさんは家族より一足早く起きて、神棚にお供えした水を持って畑に出ます。
早朝の畑は、いくらかの夜露はあっても、乾き切っています。おじいさんは、「天地の神様、水を頂きます。とうぞよいスイカが出来ますように」と土地に語り掛けながら、スイカの根元一本一本に、宝物の水を抱くようにして垂らしていきます。
実は三十年ほど前の渇水の年、水不足に困ったおじいさんは、金光教の教会でお願いをし、先生から次のような話を聞いたのです。
「水がないと作物ができんなあ。雨の降るのも天の恵み、山から流れ出る水も天地の働きで出来るんでぇ、人が作るわけにもいかん。大切にせんといかんなあ。これからは、前の晩に神棚へ水をお供えしておいて、それを次の日の朝、お土地に祈りながら一滴二滴と苗の根元へかけさせてもらったらどうか」といった話でありました。
その日から、おじいさんは神様にお供えした水を苗に与えているのでした。そして、炊事場で使った水も取っておいて作物にまいてやり、また、草を刈って畑の畝(うね)を覆ってやるなどして、土地を守り、水を生かすことに努めるようになったのです。
今年も、おじいさんは、立派にそだったスイカを包んだ大ぶろしきを背中に担いで、トコトコと山を下りて教会へお参りし、「どうぞ食べてみてください。近所の人も、うちのはおいしいと言ってくれます」と、うれしさいっぱいの顔で、神様にお礼のお供えをされるのです。
おじいさんの素朴な生き方が、私たちの忘れかけている大切な生き方を思い出させてくれるような気がします。