●心配は体に毒
心配は体に毒
杞憂(きゆう)という言葉があります。この言葉の語源は、昔の中国に「杞」という国があり、その国に住む極度の心配性の人の話からきています。その人は、「いつか天地が崩れ落ちて、身のおきどころがなくなるのでは」と、心配で寝ることも食べることもできなくなったそうです。
つまり、杞憂というのは「杞人の憂い」ということで、「取り越し苦労」という意味で使われています。
確かに話の内容からすれば、実にその人はつまらないことで悩んでいるように思われますが、かといって、笑って片付けられるものでもなさそうです。私たちの身の回りには、「それは心配だ」と言えることが山ほどあります。子どもの将来、仕事の立ち行き、老後のこと、健康についてなど、数えあげれば切りがないほどです。
そして、心配に消費されるエネルギーは、実に大きいものです。食事が喉を通らなくなったり、夜も寝られなくなったり、潰瘍ができたりと体にも良くはありません。
金光教の教祖は、「明日塩辛を食べるからといって、今日から水を飲んで待つわけにはいくまい。取り越し苦労をするな」と諭しています。先のことは分からないのですから、「悪いことになりはしないか」と思うよりも「悪いことにならないように」と、心配を祈りにかえ、今日という日をしっかり受け止めて1日1日を大切にしていくこと、それが幸せな毎日を送る秘訣だと思います。