●「もったいない」と感じる心
「もったいない」と感じる心
ある日、友人とラーメンを食べに行った時のことです。
私たちは、お店に入り、メニューを見て、それぞれに注文を済ませました。しかし、注文してから何分経ってもラーメンが来ません。「何か、遅いね―」二人してちらちら厨房の方をのぞいたりもしました。そして、かなりの時間が経ってやっと、私たちの注文したラーメンが運ばれてきました。ところが、友人のラーメンは注文したものとは違うものでした。私はすかさず店員さんに、「これ、注文したものと違うよ」と言いました。しかし店員は「いいえ、確かにこれを注文されましたよ」と言ってきます。私はメニューを指しながら「いや、確かにこっちのラーメンを頼んだよ」と強い口調で言い返しました。すると店員は、憮然とした態度で持ってきたラーメンを下げようとしました。その瞬間。友人が「じゃあイイですよ」と言ってそのラーメンを食べ始めました。私は友人に「これ、確かに注文したものとは違うよね」と言うと、友人は「うん、でも、そのまま捨てられてしまうのはね、もったいないしね」と、何事もなかったかのように、そのラーメンを完食しました。
「もったいない―」。改めて友人が言ったその言葉を心の中で唱えてみました。無駄にしてしまって「もったいない」、畏れ多くて「もったいない」、普段何気なく使い、いろんな意味で使われるこの言葉。友人がラーメンを目の前にして言った「もったいない」という言葉に、ハッとさせられたのです。
私は店員が注文を間違えた事ばかりにとらわれていました。でも、そのラーメン自体は別に悪いことも何もない。むしろ、お客さんのために美味しく作ってくれた料理人さんの思いや、食べ物のありがたみなんて考えていなかったので少し恥ずかしさを覚えました。
物事には、見方によっていろいろな面が表れます。起こった出来事の一面だけにとらわれず、ちょっと立ち止まって考え直すことができるような広い心持ちになれたらと思います。