●小便のおかげ
小便のおかげ
九歳になる息子が朝方少し熱があるので、学校を休ませ、医者に診てもらいました。病院でいただいた薬を飲ませると、やがて眠ったので、それで安心していました。
ところが夕食の時間になってもまだ眠っているので、心配になって息子を見に行きますと、いつもの息子と様子が違います。目は焦点が合わず、全く脈絡のないことを話します。名前を呼んでも、「にたっ」と笑い、また変なことを言い出します。突然起きあがっては、へらへらと笑い、まるで何かにとり憑かれた感じで、全く別人のようでした。熱を計ると四十度を越えています。
これはただごとではないと思い、救急車を呼びました。私は息子の手を握り、ひたすら神様にお祈りしました。
救急車を待つ間も、息子は相変わらずわけの分からないことを言っていましたが、ふっと「おしっこ」と言ったような気がしました。抱きかかえてトイレに連れていったところ、なかなかおしっこが出ません。「何で出ねんだよう」と、息子は普段と違う言葉遣いで怒ります。私がなかばあきらめかけたとき、ようやくいきおいよくおしっこが出ました。すると、こちらの呼びかけにうなずく息子がそこにいました。その後、病院では熱も下がり、意識もハッキリと回復しました。
私はこの一件で、当たり前のようにしている小便が、いのちをいのちとして働かしめる大いなる働きであると気づき、毎日のトイレに感謝を捧げています。