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2008年06月06日

●冬を送り また春が来て もう夏になり


前回の小欄で東京オリンピックに触れ、北京オリンピック以降の危惧される事どもに就いてその罪の面をいかに僅少に押さえるかという事にも関わる人々は考えていかなければならないと述べました。

 またぞろと申しては叱られるかと思いますが、ここで東京が名乗りを上げる必然性がありやなしやを問いたいと思います。東京一極集中とか、東京はでたがりやだとかとかく地方都市からは揶揄される面があります。この件では他の国内の都市も名乗りを上げた経緯もあり、その時点でお譲りすればよかったと思いました。もう東京はいいんです。もう少し言うと日本で開催することはないと思います。

 世界の国々で、都市で行いたいという意思があって未だに未開催の所は幾らでもあると思います。

 東京オリンピックはあの時点(1964年)では開催の価値は大いにあったと思います。

 国際オリンピック委員会もあらゆる観点から公平に何処の国の、何処の都市で開催するのが最も相応しいのか、英知を結集して決定していただきたいと存じます。スポーツが単純に好きな小職としては、ある先輩が言われた「勝ち負けに拘わらず両方の、あるいは個人競技においては出場すべての競技者に拍手を送りたい」に則り、まさに「平和の祭典」になるように開催してほしいと念願いたします。

   夏志虎

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