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2008年09月01日

●日本の夏 感謝の夏

 4年に1度の祭典が幕を閉じた。記念大会だった夏の甲子園も終わった。泣いた人、笑った人。それぞれの夏が終わりを告げた。

 私は小学生の頃にサッカー、中学でバレーボールと水泳、高校から大学、社会人にかけてラグビーと様々なスポーツをやったが、負けて悔し泣きしたことは何度もある。しかし、勝ってうれし泣きした経験がない。ただの性分かもしれないが、この夏の五輪と高校野球を観ていて思った。勝って泣くってどんな気持ちなのだろうかと。勝って泣くというのは、その勝利に対するうれしさはもちろんだろうが、今までやってきたことが報われたことに対する喜び、乗り越えてきた山が大きければ大きいほど、その苦労があって今があるのだと実感できた瞬間に涙は出てくるのだろう。

 そう思うと、どのスポーツに対してもそれほどの苦しい思いをしたことがない。その時はきつかったのかもしれないが、今思えば、五輪や高校野球を見れば、あの時、自分はまだやれたんではないかとの思いが湧く。そう、勝って泣けるほどの努力をしていなかった。

 今回の北京五輪では、勝った人も負けた人も、今回で現役を退く人もこれからはばたこうとしている人も皆、「周りへの感謝」を口にしていたように思う。険しい道を行けば行くほど、己一人の力ではどうにもならない、周りのサポートがあって今自分が最高のパフォーマンスができる、つまり「あなたあっての私」ということを実感されているのだろう。

 私はアスリートではない。ではないが、周りあっての自分だということは何もアスリートに限ってのことでもない。普通の人々もまた、周りに支えられて自分がある。普通の暮らしの中ではなかなか気付けないことかもしれない。だが、普通に暮らしていけている者こそ、そこに気付かせていただかねばならないのではなかろうか。

早稲田 菊川

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