●言葉は前向きに
光輝高齢
「後期高齢者」という表現は、だんだん定着してきましたが、そもそもは、大変失礼な感じの呼び方ではないでしょうか。
人間の尊厳を損なうこのような呼称が、なぜ機械的に承認されてしまったのでしょうか。また、その表現が取り下げられず、皆だんだん慣れてきてしまっていることは、お年寄りを大切にしない、冷たい社会を思わせます。
一方、その対象者の中からは、「後期高齢」などと言われっぱなしではすまされない、という自己防衛も始まっているようです。どうせ、そう呼ぶなら、「光輝高齢」と書き、光り輝く人生をめざそう、というお話を聞きました。
でも、と言わない生き方
その方が、お医者さんから、「顔色も良くなられて結構ですね」と言われたとき、即座に「でも、腰が随分曲がってしまいました」と答えたそうです。すると、お医者さんが「余り『でも、でも』と言わない方がいいですよ」とご注意をされました。
「光輝高齢」を目指すからには、この「でも、あそこが良くない」「でも、まだまだ」という、言わば不足心を持たないように努めなければだめだった、と改めて気付かされた、とのことでした。
アメリカ人の前向きな挨拶
「でも、・・・」という返事は、よくあるパターンですが、これは、日本的な会話様式から来ているところもあります。人からの褒め言葉には、謙遜するべき、というのが、ムラ社会をなす日本で、美徳となっているからでしょう。
問題は、それが、美徳であると同時に、いつの間にか、不足心につながっているという微妙な点です。
アメリカ人に「Are you fine?」と聞くと、「Of course!」という返事がよく返ってきます。良いところを、確かに良い、と常に強調しようとする彼らの態度に、しばしば「前向きだな」と感心させられます。
日本人であっても、また「光輝」であるためにも、言葉は常に前向きに発っするべし、ということでしょう。
畑 淳